kiligihiii’s diary

ぼくは十分に速くあったろうか

安西水丸について・いつか帰るところ

最近、安西水丸関連の作品を見たり読んだりしている。

私が安西水丸を知ったのは、村上春樹のエッセイの挿絵である。村上春樹の生活に新聞が入り込む余地がないこととか、正月の過ごし方とか、豆腐を食べるシュチュエーションとか、そんな話の挿絵が懐かしい。これは余談だが、村上春樹についてはエッセイが一番面白いと思っている。

安西水丸の絵は誰でも描けそうな印象を与えるが、なんだか味のある絵という印象である。いわゆる「ヘタウマ」というやつか。そう括ってしまうと好みの界隈ではないが、それとは関係なく、安西水丸の絵は好きだ。色鉛筆、シルクスクリーン、青いペンで描いた画風が思い出されるが、私はシルクスクリーンの絵が一番好きだ。レモンとかカレーとかフィギュアとか、目の前にあるものを描いていることが多く、肩肘の張らない、主張の強くないところがいいと思う。彼に「私より絵の上手い人はいるけど、私ほど絵を描くのが好きな人はいない」という趣旨の言葉がある。これは素敵な言葉だ。

彼が亡くなってから、京都駅であった展覧会に行った。ポストカードでも買っておけばよかったと思っている。

今回は「a day in the life」というエッセイを読んだ。亡くなってから出版されたものだ。この本では、彼が幼少期を過ごした千倉の思い出と、これまで住んだ家に関する話が題材となっている。生まれた東京、育った千倉、自分で買った井の頭の戸建てや神宮のマンション、ニューヨークで借りたアパート、鎌倉の別荘など、それぞれの家にそれぞれの思い出があるが、多くは取り壊されていてる。郷愁。私もわりと引越しの多い人生なのでつい自分に引き寄せて共感してしまう。住んだ場所は記憶の中に個々として存在する。同時に、それらは統合されて「いつか帰るところ」として、ある種のユートピアとして浮かんでいる。

a day in the life

a day in the life

 

 

ちなみにこんなことを言ってしまうのはなんだが、私は安西水丸が、生家である「赤坂」を強調するように感じられ、そこがあまり好きではない。「郊外的」なあり方については、わりと情け容赦ない感じを受ける。

安西水丸には兄と姉がいる。彼は幼少期に体が弱く、母と二人で千倉で暮らしたという。父は彼が幼い頃に亡くなった。兄たちは誰と暮らしていたのだろう?これは推測だが、彼が母と二人で暮らす一方で、兄たちは寂しかったのではないだろうか。文章や絵から感じられる彼の人の良さは、愛情をたっぷり注いでもらった人のそれを思わせる。

安西水丸のエッセイはいくつか読んだが、人に勧めるならこの「a  day in the life」を推したい。文庫化されていないので価格が気になるが、そういう人には文庫化されて安価な、「食堂」をテーマにした食べ歩き記をお勧めする。引越しの際に処分してしまって今は手元にないが、これもなかなかよかった。

大衆食堂へ行こう (朝日文庫)

大衆食堂へ行こう (朝日文庫)